紡いだり、織ったり、編んだり、
縫ったり、工作したり、波乗りしたり、
家族と笑って過ごしたりの日々。

手紡ぎや手織り、こぎん刺しなど
“ noito ”の記録も綴っています。

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2016.06.20 Monday | - | - |




3.11の海
 
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自然と人びとがあつまってくる、
3月11日の海。

夫は職場で、
次男は幼稚園で、
長男は下校途中で、
私は海で、それぞれの
場所ですごす、黙祷の時。

震災以降から、うっすらと
ベールがかかり はっきりと
しない感じが今でも続いています。

あの日を境に、もうあの日の
前と同じようには、世界を
見られなくなってしまった。
それは、それでいい。

泣かないと思ったけど、
やっぱり涙は出ちゃうんだ。

毎日見ているはずの海なのに、
この日は着いた途端に涙が。

まだまだ、
生きたかったであろう
人びとの苦しみを思うと
胸が詰まる。

涙がでるのを我慢はしない。
みんなに励まされる
まだまだ弱い私。

あまりにも大きな出来事すぎて、
いつもは震災のこと、考えない
ようにしているけれど......

泣きたい時は
泣いてもいいよね。
かなしいときは
かなしいままでいいよね。

そういう自分の心、感情を
しっかりと受け止めたい。

もう少しだけ
先に進むためにも、
もう少しだけ
強くなるためにも。
(そして、
もう少しだけ
優しくなるためにも...。)


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2015.03.14 Saturday | 3.11の記録 | comments(0) |




海のある景色。
 
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毎朝の波チェック。

だぁれもいない朝の海に
力強くのぼる太陽ひとつ。

津波で傷ついたままの歩道も
地面も、飛び出たマンホールも、
海も、一面が春の朝の光りに
包まれていました。


道路の嵩あげや防潮堤の工事が
はじまれば、ずっと見てきた
大好きな海のこの景色も見られ
なくなる。

じわ〜ん。

しっかりと、いま、
目に胸に刻んでおきたい。



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2015.03.14 Saturday | 3.11の記録 | comments(0) |




震災から4年がたちました。
 
震災、そして原発事故から4年。

震災のこと、原発事故のこと、
その後の復興のこと、汚染のこと、
思うことはたくさんありますが、
何から伝えればいいのか(まだ)
わからない(いまだ混乱している)
自分がいる、ということに
気づかされる今日と言う日。


あの日、1歳と4歳の息子たちを
両脇に抱え、強い揺れが続き、
道路が地震で割れる中、車を走らせ
高台へと避難しました。必死でした。

寒くて雪の降る中、自宅から
着の身着のまま避難した。

家が流されたことは
避難所にいた時に近所の
かたに聞き、知りました。
残ったのは基礎部分だけ。
津波で、家もモノもすべて流された。

あの時、あのまま家にいたら、
避難が遅れていたら....。
様々なことが重なり、いまこうして
生かされていることは、ほんとうに
奇跡です。

私たち家族に残された「モノ」は、
その時着ていた服と持ち物だけ。
3月11日に着の身着のまま
避難した格好で、この世にポンと
産み落とされた、という感覚は
震災後からいまでも続いています。


4年前の今日、突如、真っ黒な
つめたい波に飲まれ、亡くなって
しまった人たちの無念さを思わずには
いられません。

わたし(たち)は、生き残りました。

あのような震災から、生かして
いただいた命です。

これからも、「生きる」という
ことを問い続けながら、生きて
ゆきたい。しっかりと。


以下の写真は、避難したときバッグの中に
入っていたコンパクトカメラで撮影した
震災当日〜数日後の記録です。



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いまでも津波のときの
においを覚えています。


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家があった場所。


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コンピナート火災により
何日も煙がもうもうと
出ていました。


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震災で残った松も、いまも
残っていますが、立ったまま
枯れています....。


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津波の後の春に花を咲かせた
この桜に、励まされました。


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あとからここに作られた仮設住宅に
(抽選で)入ることができました。
作られているところを見た時に、
「住宅」とは言っても、あくまでも
「仮設」であることがが前提なのだ
ということがわかりました。




全国の、世界の、
たくさんの方々に
助けていただきました。


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長男がつかっていた歩行器が。



このブログで私を知ってくださった
方々からも、震災当時たくさんの
メッセージをいただきました。
私たち家族を支えてくれた
皆さまに、心から感謝をしています。


いまだ行方不明になられている方々が
まだたくさんいらっしゃいます。

犠牲になられた たくさんの方々の
ご冥福をお祈りするとともに、
たくさんの悲しみが少しでも早く
癒える日がくることを願っています。



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2015.03.14 Saturday | 3.11の記録 | comments(0) |




ナミケシブロック
 
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津波で流されて何もなくなった
子どもの通学路途中の道で、
テトラの製造がはじまりました。

来年の3月まで、ここで
作り続けるんだそうな。

コンクリートの塊を
海の中に放り込む
(わたしたち)人間。

波消しブロックは
波を消すけど
波以外にも
ほかにも何か
海の中の
大切な物まで
消してしまって
いるのではないかと
思えてならない。


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2014.12.03 Wednesday | 3.11の記録 | comments(0) |




ずっと運転停止のままでいてほしい。。。
 
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女川原発を再稼働したい電力会社からの臨時号がポストに入ってた。

何も調べずにこのお知らせを読んだら
再稼働を納得しちゃう人もいるんじゃないのかしらん。

私はQ&Aを読みながら、一人でこのお知らせにつっこみを
入れてしまいましたわよ。プンプン。

Q&Aでは、ウランが安定的に供給できるとありますが、ウランは実は、
石油とは比べ物にならないくらいとても貧弱な資源ですよね?
それから、原発は発電過程においてCO2を排出しないことを売りに
していますが、ここでもお得意の言葉のトリックが使われてます。

原発はあくまでも「発電時において」CO2を出さないということであって、
実際には、ウランを調達、精錬、濃縮し原発で使えるようにするまで、
すべての過程においておそろしいほどの超膨大なエネルギーや資材が
使われています。もちろん驚くほど膨大な化石燃料も使われています。
しかもたった少しのウランのために!(それについては「イエローケーキ」
というドキュメンターリー映画が詳しいです。)そんな事実があるため、
あくまでも電力会社は「発電時において」としか言いようがないのです。

それに、原発がたとえ「発電時に」CO2を排出しなくとも、
核分裂生成物(死の灰)を生み出すことを忘れてはなりません。

このお知らせの中で「安全」「安全性」「安全レベル」と繰り返される
安全キャンペーン。東北電力(あ、これも略して東電だね)が、何を
どういっても、もう安全じゃないこと、それから人間が到底コントロール
できるものでもないことも福島原発事故でじゅうぶんすぎるくらいに
わかったかた、もう説得してくれなくていいよ
ほんとにもうさ、原発卒業しようよ。



みんなみんなに ありがとう。
みんなみんなが しあわせでありますように。


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2014.02.02 Sunday | 3.11の記録 | comments(0) |




『100,000年後の安全』無料配信中(2/10 正午まで)
 
映画『100,000年後の安全』


原発から生まれる高レベル放射性廃棄物の処理をめぐり、
未来の地球の安全を問いかける問題作『100,000年後の安全』

小泉元首相がこれを観て、映画の中で描かれたフィンランドの
最終処理場「オンカロ」を視察で訪れ、自らの意見を"脱原発"に
大きく転換するきっかけとなったそうだ。

(UPLINKより以下転載します)

本作の映画監督マイケル・マドセンは、こう言っている。
「オンカロの取材をしたとき、学者たちに「高レベル放射線廃棄物
処理場が作れない国があるとしたらどこか」という質問をしました。
その答えは日本でした。現在の科学では放射性廃棄物の処理は地層
処理しかないと言われていますが、地層処理場ができないのに原子力を
持っている国である日本は、火山があり地震があり、常に地層が安定
していません」。

http://www.uplink.co.jp/100000/2014/

(転載ここまで)



原発の賛否を言う前に、知っておかなければならないこと。
原発から出る核のゴミをどうするんですか、ってこと。





日本語吹き替えの本編をすべて無料で観ることができます。
2月10日(月)正午12時までの期間限定です。
1時間18分あります。お時間に余裕のあるときにじっくりと
ご覧頂きたいなぁ、と思います。

私はDVDで2回ほど観ましたが、無料公開中にもう一度観て
みようと思います!


みんなみんなに ありがとう。
みんなみんなが しあわせでありますように。


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2014.01.23 Thursday | 3.11の記録 | comments(0) |




あれから1000日
 

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今日で、震災発生から1000日。

あの日の震災は
「ほら、おまえが、いま、一番大切に
すべきことが何なのかわかっただろ!
どう生きなくてはならないのか、わかったかだろ。
いまある命をしっかり生きろ」と教えてくれた。

あれから、1000日。

いつもの日常が続くはずだった、
あの日のことを忘れてはいないか?

いつも自分に問いかける。


みんなみんなに ありがとう。
みんなみんなが しあわせでありますように。


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2013.12.04 Wednesday | 3.11の記録 | comments(0) |




生きられたはずの命
 


東日本大震災から○日、という言葉も聞かれなくなってきつつありますね。

東日本大震災から、今日で2年と3ヶ月。


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この本は3回ほど読みました。
読む度に、「子どもたちは生きのびられたのに!」って心で叫んでしまいます。


全校児童108人のうち、74人が死亡・行方不明者という悲しい惨事を
うんだ宮城県の大川小学校(石巻市)。

避難中に津波の犠牲になった…と報道されますが、実際は
あの日、避難するにはじゅうぶんな時間があったにも関わらず
小学校の校庭で50分も待機させられた子ども達。
避難を開始したのはなんと津波到達のわずか1分前。
それも真っ黒い津波が向かって来る方に避難したのです。

津波から避難した中で、生還できたのは4人の児童と男性教師1人だけ。

校庭で待機中、子どもたちは泣きながら「山さ逃げるべ」「山さ上がっぺ」
「俺たち、ここにいたら死ぬべや」「先生なのに、なんでわからないんだ」
そう先生に訴えたそうです。(それも後の聞き取り調査で「子ども達からは
そのような訴えはなかった」と隠蔽されることになる)

なぜ子ども達の声が聞き入れられなかったのか?裏山はすぐ目と鼻の先にあるというのに!
そこに登っていたら、全員助かったかもしれないのだ。そこは険しい山ではなく、
子ども達は栽培などで山にも登っていたことがある。(先生は倒木があったから山には
登れないと判断しただそうだが、後の調べで倒木は全くなかった)

「先生がいないほうが、助かった」と言う遺族の方々もいる。
もちろん先生方も情報がない中必死だっただろう。でも先生の言うことを聞いていた結果、
このような惨事になってしまったことも事実なのです。


学校の子ども達を守る機能が停止している。これは大川小学校の問題だけでは
ないでしょう。震災に関わらず、いじめの問題でもそれは明らか。

私は、はじめ大川小学校の惨事を「予測できなかったこと。痛ましいことだけれど
防ぎようがなかったこと。」と思っていました。でもこの本を読んで考え方はまるっきり
変わりました。子ども達は、学校の先生と一緒にいなければ、助かったのではないか?
とさえ思えてくるのです。

その後の学校や教育委員会の、嘘、ねつ造、隠蔽、言い訳、二転三転する話、命をなんとも
思っていないかのような言動、本当に信じられません。それから、震災当時、留守にしていた
校長先生は避難所から児童の捜索にもいかなかったそうです。

不信感は当然のごとくわき上がってきます。

もちろん子ども達と一緒に津波にのまれて亡くなった先生方もいます。訴えをおこしている
保護者の方は先生方を責めたり裁いたりしたいのではなく「ただ本当のことが知りたい」
その一心なのだということもよく伝わってきます。でも肝心の学校や教育委員会は隠したり、
嘘をついたり、自分の身を守ることばかり…遺族の方々は、そういうもの(者)と戦わなけ
ればならないのです。

遺体で発見された男の子は棺に入れても、ずっと血の涙を流していたそうです。
何度ふいても流れてくると…。そして、一人の女の子は遺体で発見され火葬される
までの5日間ずっと涙を流し続けたそうです。どんなに怖かったことでしょう。
どんなにか死にたくなかったことでしょう。


震災2年が過ぎても大川小学校の「検証」は何も始まっていません。





私の子どもも津波の通り道が小学校の通学路です。
ことあるごとに、ここで地震があったらどこに避難するかと話し合っています。
下校途中に津波警報がなった時、荷物やランドセルが重ければその場に置いてきていいから、
思い切り走って逃げなさいと教えています。そして、震災時の行動について実際に一緒に
歩いて考え、話し合いと時間を重ねた上で「誰かとは違う行動でも、自分が正しいと感じたら
その通りに行動しなさい。」と教えています。

まずは、別々の場所にいてもそれぞれに生きること。
連絡がつかなくても、生きていれば必ずまた会えるから。







みんなみんなに ありがとう。
みんなみんなが しあわせでありますように。


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2013.06.11 Tuesday | 3.11の記録 | comments(2) |




風の向きを気にする暮らし
 



福島第一原発正門の測定器“放射能高”警報

 「東京電力」によると、3日午後3時55分頃、福島第一原発の正門に設置した
放射性物質の濃度を測る測定器から、放射能の値が高いことを示す警報が出たという。

 東京電力は、作業員に全面マスクの着用を指示するとともに、
別の測定器を使って状況の確認を進めている。

日テレ・ニュース24  2013年4月3日 17:56





その後の続報によると、「測定器の故障の可能性が高いとみている」ようです。






“放射能高”警報、測定器の故障か〜東電

「東京電力」によると、3日夕方、福島第一原発の正門に設置した放射性物質の
測定器で、放射能の値が高いことを示す警報が作動したが、その後、移動式の
測定器で同じ場所の放射線量を測ったところ、検出限界未満で異常はなかった。

 東京電力は、警報が鳴った測定器の故障の可能性が高いとみて調べている。

日テレNEWS24 2013年04月03日22時03分



念のため風向きをチェックする方は下のサイトが参考にると思います。

スイス放射性粒子拡散予測




原発が爆発した日から、風向きを気にするのは
サーファーや旅人だけではなくなりました。。。

放射能、黄砂やPM2.5など様々なものが風に乗ってどこまでも…。
風に県境や国境はありませんものね。

こうして気にしながら暮らさなくてはならないなんて

あぁ、ほんとうにげんぱつっていいことない。。。


今日も何事もなく平穏に過ぎますように。


みんなみんなに ありがとう。
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2013.04.04 Thursday | 3.11の記録 | comments(0) |




3.11から2年目の海
 
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子どもたちも静かに手を合わせていました。



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防波堤ありきの復興計画。

海と陸 自然と人 を“隔てる” 防波堤が
作られようとしています。



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震災から2年目。
まだガレキの処理は終わっていません。



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危険も伴う大変な作業ですね。
作業してくださる方々に感謝しております。



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流された方の家の前の写真
震災当時〜1年目〜2年目

1年目から2年目があんまり変わっていない。
標識が立ったくらいかな?


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細かい所には手が回らない状況で
海沿いの歩道もタイルはボロボロのまんまです。


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この日の海はとても静かで穏やかで…
澄んだ青い空を見上げたら
まるで震災なんてなかったかのよう…


お友達のカフェに行き 町のサイレンを聞きながら
2:46に一緒に黙祷。。。
 

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お土産にいただいたバナナとベリーのケーキを
自宅に戻っていただきました。

津波で流される前にカフェで食べた彼女の味のまんまだった…
カフェの窓から美しく広がる海を見るのが好きだった…
あの空間を愛してやまない人も多かっただろう…

黙祷では涙は出なかったけれど
彼女のケーキを食べたら
震災前の日々が蘇ってきた…
喉の奥に込み上げてくる涙を
コーヒーとともに押し戻した。


みんなみんなに ありがとう。
みんなみんなが しあわせでありますように。



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2013.03.15 Friday | 3.11の記録 | comments(0) |




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